キリスト教会の礼拝に行ってみよう、出てみようと思う人には、2つのタイプがあるようです。

ひとつは、「おそるおそる、こわごわ、仕方なく行ってみる」タイプです。これは、オウム真理教事件や、釈伏(しゃくふく)とかマインドコントロールとかが、マスコミで大きく取り上げられて、宗教はこわいもので、なにかを押し付けられるというイメージが広まったせいかもしれません。
もうひとつは、キリストはどんな人? 礼拝って何をするの? どんな人が集まって、どんな雰囲気? など興味津々(きょうみしんしん)、やじうま根性で、のぞきにやってくるタイプです。いろんなことを吸収しようとする前向きタイプとも言えるでしょう。

1950年ほど前、ギリシャのアテネの広場で、パウロという人が「イエスと復活について」語っていると、「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ。」と、まわりの人々が寄ってきました。 パウロは、「すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神です。そして、人が、探し求めさえすれば、神を見いだすことができるということなのです。

実際、神はわたしたち一人一人から、遠く離れてはおられません。」と話し始めました。 アテネの人々の反応は、さまざまでした。ある者はあざ笑い、ある者は『いずれまた聞かせてもらうよ』というだけの人もいれば、心を開きしっかり受け止めて自分の信仰を持つようになった人も多いと、「使徒言行録」という本に正直に書いています。
2000年前と21世紀の現代も、大きく違いはないようです。大事なことは、自分と自分の生き方にとって意味のあるものを、鋭くキャッチする感覚です。宗教についての知識も大切ですが、それ以上に、あなたのやじうま根性と好奇心で、キリスト教、教会の魅力を感じ取ってくださると幸いです。

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